「建築の巨人」建築家 故伊藤忠太先生に大きく影響を与えたお寺が奈良の法隆寺である。
つい最近まで、数年前にBS-iで放映された
「建築が語るもう一つの明治~西洋化の波に揺れたエリートたち~」
なる番組をDVDにし、車中で繰返し観ていた。
この番組の中心となる人物は、
建築界ではじめて文化勲章を受章した伊藤忠太先生(1867~1954)である。
私は、少なからずこの方に信服し、そして尊敬している。

明治維新以後、日本は不平等条約改正に向け、
「近代化=西洋化」と国家が見栄えを変える「建築」に力を入れていた。
伊藤忠太先生は、当時、西洋化主義一辺等の建築家の中で、
唯一、日本のアイデンティティーを模索した建築家である。
代表作に、築地本願寺・明治神宮・平安神宮・上杉神社・湯殿聖堂などがある。

20代の頃、法隆寺の実測にあたった時、回廊などの柱の「ふくらみ」を見て、
西洋文明の故郷ギリシャの、パルテノン神殿と同じとする「エンタシス論」を唱え、
当時の中学校の教科書にも載り、多くの子供たちにロマンを与えたといわれている。

驚く事に先生は、その後実際に、
日本からギリシャまでのユーラシア大陸横断を主とした3年間の留学旅行に出ている。
文化伝来の逆を辿る旅(ギリシャまで2年程)である。
最後の目的地はアメリカという事だから、世界一周したという事になる。
道中、仏教遺跡の発見をしたり、多くのスケッチやフィールドノートを残している。

私は、2008年の春から3ヶ月ほど仙台に通った(往復2,000km)が、
わざわざ下道を通り、先生の出身地である山形県の米沢市を、DVDを観ながら通過したものである。
昨年から更に仙台に縁があり、訪れる機会が多い。
前述の様な思い出の中、このたび偶然にも初めて法隆寺を訪れ、
実際に回廊の柱などを見たのだが、とても感慨深いものを感じた。
ギリシャ文明の基となるクレタ文明と、日本の文明は類似点が多いという。
先般のアテネオリンピックの開会式の歴史を辿るパレードも、クレタ文明から始まっており、
とても興味深く見ていた。
文化伝来は、逆方向もしくは同じ源泉だったのではと私は秘かに想っているのだが・・・
この話になると長くなるので、またの機会にするとしよう。
まっ、とにかく、ここ数年来の興味事や動きの"点"が、"線"として繋がる不思議な"縁"と"展開"を感じている。
一度は「ギリシャを訪れるべき」かと考えてしまう。
※冒頭の写真以外は、BS-i 「建築が語るもう一つの明治~西洋化の波に揺れたエリートたち~」よりCaptureしたものです。
※この記事は、"Old HBS"の記事を移植し編集したものです。


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